2020/9/30

五家荘(6)球磨郡五木村(宮園の大イチョウ・五木阿蘇神社・白滝公園)

 
 

子別峠
「こべっとう」と読むこの峠は、五木村の北部五家荘久連子と八代、熊本平野を結ぶ古くからの交通の要衝で、南の大通峠・番立峠とともに人吉藩の番所が置かれていました。かつて五木村の娘たちは、7~8才になると町に奉公に出され、その出発の日には親はこの峠まで子どもを送り先の身を案じて別れを惜しんだとか…。…… 子別峠(こべっとう)

 
 
 
 

 
 
 
 

このイチョウは、文禄・慶長の役(1592~1598)の折に相良藩二十代長毎公とともに従事した五木の者が朝鮮から祈念として持ち帰って植えたと伝えられている。(中略)明治十年の西南戦争(1877)においてもこの地は激戦地となった。同年五月十日、政府軍が薩軍と戦い、宮園を占領し、この地はもとより続いて頭地、中村、出る羽、平瀬の集落民家が焼かれ、村民は多大な被害を被ったと伝えられている。このイチョウは、時代の推移を静かに見つめてきた生き証人でもある。――五木町教育委員会